神工会報(復刻版)

2011年創立100周年

第3~5号 大正14年8月、同年9月、10月

   

神工気質を論ず(1)-(5) 佐藤 一馬

自分身及び自分の周囲に関する事柄は最もよく自分が知っておる筈でありで、しかもその正鴎を誤らずして之を客観批評することは、古来著名な文明評論家に於いてさえ難しとされたるものである。

私は固より所謂評論家なるものではなく、又決して評論家を以て任じておるわけではない。実を云えばそれだけの資格がないのである。けれども、真実を愛する熱情に於いて私は決して人後に落ちない覚悟を持っている。かつ自分と自分の周囲とに対して冷静なる反省と批判とを加へ得る丈の余裕と理性の力を具備しておることを信ずる。以上2つの頗る思い上った自信を基調として大胆にもこの一文を草しでみた。

(1)

私は先ず順序として神工学園の沿筆と初期に於ける神工気質の内容とを述べなければならない。

明治の後期より大正の初期にかけて工業立国の聲は朝野を挙げて漸く大となり、それに伴う工業教育に関する施設と研究とは益々完備の域に進みつつあったのである。県当局としてもこの時代の趨勢には必ずや少なからず動かされたに違ひない。また一方に於いて帝国の一等県として横浜という大商業都市を控へた本県が一の工業学校を有しないということは、その体面上からも忍ばれることではなかった、況や近代高業都市の盛衰がその殖産工業の背影如何にかかること頗る大なるものあるに於いてをやである。かくて明治44年5月愈々本校設置の神奈川県告示が交付され超えて45年5月1日より正式に授業を開始さるるに至りたのである。

創業の当初にあっては未だ神工気質と名付くる程の校風がなかったことは明らかである。然し乍ら今日に於ける神工気質なるものの濫傷は既にこの時に胚胎されたるものであることは少しく心ある者の容易に推定し得るところであらうと思う。何故ならば当時に於ける神工教育のモットーは一に質実剛健であり、二に勤勉忍苦であり、之に配するに多分の高工気質、技術者気質を持った高工出身者と、所謂現場で叩き上げた職人とがその教官の大部分であったからである。

粗末な制服にゲートルを付け実習に依って節くれ立った大きな手を無造作にふって、にこりともせず歩く姿、それはそのまま初期に於ける神工気質を遺憾なくシンボライズしている。そしてそこに他の追随を許さぬ優れた長所と、甚だしい短所とを持ったのである。

(2)

私は神工気質の主要なる長所として次の3つを挙げる。第一質実にして軽重浮華の風なきこと、第2勤勉にして労働を厭はないこと、第3困難に向って忍耐持久のカ強大なること之である。

之等長所を養ひ得たるゆえんを案ずるに、そは、他の中等学校に類例なき長時間の授業と、実習と、掃除その他による勤務とに期せねばならない。

一度卒業生が社会に立った時以上3つの長所はその修得したる学問技術以上に有力なる武器となること誠に疑いを入れないことである。

すべて形而下の学問のみを修むるものは兎角その頭脳が現実的になり易いものである。殊に神工教育の如く、実人生に即すること極めて深く且相当の筋肉労働を伴うものにあってはそうした傾向が一層甚だしきをみるのである。即ち長所を生んだ原因はやがて短所を生む原因であったのである。ここに於いて私は再び神工気質の短所を詳説せねばならない。

神工気質の短所を一言にて評すれば、全人的教養の欠陥である。更に語を更へて云えば、あまりにハンマーと烏ロに固着していること之である。そしてそれは等しく過去及び現在――現在は大分変ってきたけれども――技術者及び技術者たらんとした学生生徒の持つ欠陥であったのである。

年少にして既に早くこうした空気の中に浸入した彼らはその影響するところ又応極めて大である。青少年を価値づける、燃ゆるアムピションは彼等の手にする烏口の先から次等々々に失われ、或は全く影を絶って残るは小成に安んじて得たる安価なサラリーマンのみとなる。その眼は図板にのみ固着して、大局の如何は己れの興り知らざるが如くである。文学も、哲学も、宗教も、政治も、殆んど彼等の一瞥をも受け得ない。私は之を呼んで全人的教養の欠陥であると云い。

わが神工気質には以上挙げた短所の存在することはないだろうか。少なくともその幾部分かは何人と雖否定し得ないことを私は信ずる。

(3)

かつて我が国著名の工業家実業家の人々が欧米各国を歴訪し、その産業状態を始め工場社会の経営方法等を視察研究したことがあった。その時の帰朝談の一節にこういうことがあったのを自分は忘れることが出来ない。

欧米各国の工業社会に於けるマネージャー及びマネージャー級の人物は殆んど全く技術者出身の人々であって、またその高くして円満なる常識には実に敬服する外はない。彼等は如何なる社会事情に対しても常に一隻眼を有し、必要に応じて堂々とその所信を披歴し少しも渋滞するところがない。一々具体的の例を挙げて説明することは煩に堪へないが、一度彼等と文学を談ぜんか、或いはシェークスピアを語り或いはトルストイを論じ或はユーゴーを評し右往今来の大家及びその作品をとらえ来って言々尽くするところない。音楽・絵画・彫刻等に対してもまた此の如く、ショパンもベートーベンもメンデルリンもモーツアルトもミレーも或いはロダンもロマンローランもミレーもミケランジェロも直ちに彼等のロを衝いて出ずること恰も旧知の如くである。殊に勝れたるは政治及び経済に関する智誠及び見識であって、堂々たる政治論は、一国の大統領一国の首相としても決してはずかしからぬものがある。事実彼等の中にはそれ丈の力量手腕を備えたるものが多々あるのであるが、周囲の事情及び各自の立場等から出馬をかへんじないのである。

以上は概要中の述べたに過ぎないのであるが、僅か之丈のことによっても、彼等の教養と覚悟とがうかがわれて感に打たれずにはおられない。

この様なことを述べたからとて私は決してマネージャーたることが理想であって、純粋の技術者たることを卑下し軽蔑する程愚石ではない。現代の社会状況現在の社会制度の下に在っては、或は一生労働者としで暮らす者の方が尊く、マネージャーとして所謂手腕を振ふ者の方が人間としでは却而卑しいかも知れない。ヒューマンカルチャーの提唱は、決してかかる功利的から割リ出されたものであってはならないのである。ただ私は遇然こうした例を引き来ったに過ぎないことをお断りして置く。

(4)

我が国に於いても技術者出身の傑士は必ずしも少くなく、仙台鉄相の如き團琢磨氏の如きよくその実例を示していると思う。しかも尚我が国に於ける技術者の地位が稍もすれば軽視せられ勝ちなるはその原因の過半、全人的教養の欠陥に負へること私の先に指摘したるが如くである。勿論そこには法科の万能の旧弊はある。一般世人の技術者に対する伝道的の誤解はある。が之等に対しては、或は分官任用令の改正及び高等技術官特別任用令の提唱等があり、社会の進歩と技術者自身の向上とは一般世人の伝道的誤解をもまた一掃するや必然の道理である、

技術者を以て社会の下積の如くに考え土台石の如くに思意して自ら満足し或は悲観するのは大なる誤りである、己尊ばずして他人の尊敬を得よう、固より尊大はよろしくない、あくまで謙虚でいるべきである。けれども卑屈は遂に退嬰と相通ずることを知らなければならない。

5年程前科学と文学といふ雑誌に「技術者の条件」と題して米国某博士の研究諭文が載せられてあった。社会学上、経済学上から見た技術者の価値と地位を巨細に論じ最後に技術者たることを許さる可き人間として最も尊貴なる天分と、公平の立場より見た技術者の真価とを詳説して論を結んであった。私は今手元にその雑誌を有していないので、その長い論文の中の適切な語句をここに引例し得ないのを残念に思うが、それは徹頭徹尾技術者の尊貴を裏書きするものであったのである。

たとえ文官任用令が改正され高等技術官特別任用令が実行されても、技術者自身己れの尊貴をさとりて向上に努めないならば書龍晴を点ぜざるものとなるであらう。

(5)

滔々として動きゆく偉大なる時流の力に対しては、すべでの因襲、すべての伝統、一としてそり権威を失墜せざるはなく、辛じて命脈を保つは皆劇しい時流の洗礼によってよみがえれるもののみである。

この近代思潮の二大根底、自由と平等とこそは文芸復興以降に於けるあらゆる開放運動、社会運動の原動力をなしたる如く、現代に於ける種々なる改革運動の気運とその促進とを将来し、わが学園にも幾多の波動を経て且興へつつあるのである。

例えば多年の懸案たりし実業学校卒業生の差別撤廃の実現、即ち

1 実業学校卒業生をて宜業学校卒業生を中学校卒業生と同様一般専門学校、高等学校入学及び普通文官検定に対し同一待遇を与える件。

2 一般専門学校卒業生に対し高等文官試験に関し、大学及び高等学校卒業生と共に予備試験を免除するの件如きはこうした時流のささたる表はれの片鱗に過ぎないのである。単に我が学園のみについてその推移を形式的方面より覗ふならぱ、

一、ゲートルを付けずして登校するも差支へなきこと。
一、音楽を正科として課すること。
一、武道を正科として:課すること。
一、授業時間の短縮。
一、各種対抗試合を許可し且奨励すること。
この外数えあげればまだ数項を挙げることが出来るであろう。

以上のような傾向は独り我が学園のみのものではないようであるが、その変化の程度は我が学園に於いて甚だしく大なるを見るのである。これ等のことは私が先に指摘した神工気質工の欠陥をかなりに補いつつあると共に一方に於いてはその長所を失いつつあるように見らるることもあるのである。

(6)

善い先輩卒業生の方々の中にはよくいろいろな忠告を私等に送られる。その中には一々具体的の事実を指摘して、痛烈骨を刺す愛校の言を叫んだものもあり、時代の弊に陥りつつあるを歎いたものもある。

勿諭、種々なる意味に於ける賞賛の辞も亦数多いのであるが私は茲にはわざとそれ等忠告の苦言をのみ揚げることにする。

一、真剣味がなくなった。
一、その態度その言語に於いて不真面目である。
一、労働を厭う風がより多く生じつつある。
一、現在の学校を単に上級学校に進む一の予備校の如くに思うものが多いやうだ。

之等の言は何れも先輩卒業生等が在学されていた時分と今とを比較されての言である。自分は幸か不幸かあまり古い時代のことを知らないので現在とその時分の状態とを厳正に比較批評することは出来ないが、私一個を以て云はしむれば、必ずしもその全部を肯定はしないのである。仮にその全部を肯定したとしてもそのことを必ずしも悪いことであろとは断定しないのである。

初期に於ける神工学人の年齢は一段に高く且創始時代に於ける当然の真剣さは現在より余程強いものであったろうとは相像される、けれども創始時代の心持を何時までも持続せしめやうとするのは難きを人に求むるものである、且それは必ずしも賢明なる方針ではないやうに私には思はれる。不真面目なるもののことは最早論じたくはない。

古往今来、石川や浜の真砂の共に尽せぬ盗賊と同じように、少数の不良分子は容易に絶えない。固よりそうした分子の発生に関しては、教育者の無力、社会制度の欠陥等も一因をなしているであらうが。次の労働を厭う云々の項は私は否定する最後のことは、見ようによっては喜ぶべきことである。なるべく多くの人がなるべく高い数育を受けることは望ましい状態であるからだ。

工業学校どしての存立の特殊性を浸さない範囲に於いて勉強してくれるなら医者が出やうと軍人が出やうと宗教家が出ようと少しも差支へはないのである。と私は思う。ただ、学校の本質上技術者、工業者校のたらんとする人が学ぶに便宜多くまたそうした人々がより多く集っておるに過ぎないのである。

(7)

私は最後に神工同人の用意と覚悟とを述べてこの稿を終わりたい。

先ず在学生のみについて云ふならば、数学、英語、地理、歴史、物理、化学、国語。漢文その他一般の普通学に対し能うだけの努カを払うべきであろうと思う。之等は直接職業的には役立たなく共、所謂紳士としての教養を形づくるものであり、功利的に云うも後来大きく伸びる糧となるべきものである。実習及び専門学に時間を割かれる関係上兎角普通学が不十分となり勝なるはよく心すべきであらうと思う。

一般的にいうならば

一、高い理想に向かって普段の向上をはかり小成に安んぜざること。
二、偏狭に陥り易いことを自覚しよく全人的教養を全からしむる自己教養を怠らないこと。
三、美的情操を養うべき何等かの趣味を己が生活と同化せしむると共に、質朴剛健、勤倹質素の我が長所を益々助長せしむこと。

要するに神工気質の欠陥の如きは少しの心掛けで、必すや矯正し得るものたることを私は信じる。かくて我が長所に加うろにその欠点を補正し得たるならばただに吾が神工同人の偉大なる発展と雄飛とを促すばかりでなく、一般技術家の向上を来すや必せりである。同人諸君の自重と努力とを祈る。

(完)

第3号 大正14年8月1日

第4号 大正14年9月1日

第5号 大正14年10月1日