神工時報(復刻版)

 

2011年創立100周年

 

第11号 昭和26年12月20日

   

皆生徒会新発足へ 会則改正成る

先に案出された自治会会期改正案は各級別検討会を経、11月17日午後1時より総会に上程された。

機械3年1組並びに電気3年は戸塚の実習工場に通っていたが、正午より帰校し、総会は1時より直ちに開会された。議長選出にエピィソード?が起こったが、事なく済んで各条細目の検討に入ったが議論百出し、委員長の不完全、不確実な答弁は折からの小雨に生徒の関心の目がそらされがちであった。

間もなく「中止せよ」との動議提出があり、反対意見者の対立と共に混乱に陥りかけたが総会は小雨の中に続行された。

主な項目として自治会は生徒会と改称され第2面に示す会則が議決された。
尚、この開会に先立って自治会顧問の山?先生は生徒会発足にあたって、生徒の関心高揚を強調された。


雨中の第2回総会 自治会を生徒会に改称

第2回目自治会総会は名を生徒会と改称、去る11月17日午後1時より校庭にて挙行、開会の弁、議長選出、委員長挨拶と型通り順調に進行、いよいよ本題の諸般審議に入り、午後半に入ったが、この頃から雨が大分強くなったため中止か、続行かに議論が集中し、憤激した電気3年の塩谷君は退場、他の生徒も浮き腰になり、一時波乱を想わせたが、時を経ずしてしずまった2、3の訂正だけで、会則は、原案通り可決。ここに新会則の成立を見るに至った。なおこの日の総会は雨のため会則の審議だけで終わった。


生徒会の発足にあたって 山崎 清二

総務課顧問山?先生は11月17日、自治会総会にあたって自治会が生徒会に改められた点を始め、生徒の生徒会への関心の昂揚と、会則の変更にあたり組織の強化の必要なる旨を発表された。

1 従来の生徒自治会が今回生徒会として発足することになりました。自治会という名称が生徒会と改めた点につきましては、過日の総会の席上現在の会長より説明があった通りでありますが、自治会という名称が往々にして誤解を招き誤用されやすいという恐れがありますので、生徒生活に関する事柄を自主的に運営し、よりよき教育を受ける機会を得るための明るい健全な組織として生徒会の発足を見ましたことは生徒諸君と共に喜びに耐えません。

2 それに相前後して会長以下全役員に配付しましたような各種の細かい規定(集会、行事等についての)を設けましたことは、何か学校が生徒の活動を拘束し、ある枠にはめこんでしまうものであるとの誤解を受けるのではないかと考えます。

生徒会の運営に当り最も大切なことは、生徒諸君が学校長から委託された権限に基づいて活動しているのであるということを良く知ることでありまして、各部相談役、各科顧問もまた学校長から委託された権限と各々の分野において守るべき責任の範囲でよき相談相手となり、よき指導者としての役割を果たすことがなくては、生徒諸君の楽器王運営に対する積極的なそして有効な参加協力は望めないと考えます。

この意味から生徒と指導職員との緊密な連携ということが強く望まれるのであり、更にそのようなことを常に確実に行うことが生徒諸君の現在及び将来における社会生活を営む上において少なからず役立つよい訓練であると考えられますので、やや形式的に過ぎるという非難もあるかと思いますが、あのような規定をはっきりと定めたのであります。

3 私はある級で会則第5条いついてどんな小さいことでも、学校長の承認をようするのかまた学校長の承認ということは形式的なものではないかとの質問をうけました。

第一の責任の答えは明らかに「イエス」でありますが、第二の質問には考えるべき点があると思います。
それは2、に述べましたようなことが理想的に行くのであれば生徒会活動について学校長が拒否権を発動することはなくなると予想されますから、結局生徒諸君から見れば学校長の承認とは極めて形式的なものであるということになるでしょう。
我々としてはその様な状態を理想として生徒諸君と共に学校の運営に努力を致し度いつ考えます。

4 生徒会運営の基礎は会則にも明らかにされていますように学級会にあります。従来ややもすると、幹部の考え方に支配されて全会員の意向が十分に反映されないことがないとはいえなかったようであります。

今後は殊に学級委員長は学級会会則にも示されていますように大きな責任を負う手いるのであるということを深く銘記していただきたいと思います。
幹部の役員と学級委員とは新しい会則では兼任できないことになっておりますのもそのためであります。

5 生徒会活動も冬を迎えてますます地味な内部固めの時期に入ったということができ、そのような時期を経てこそ明日の飛躍が期待できると思います。

本校生徒として最近特に心がけてほしいことは礼儀の点であると思います。礼儀ということは難しい問題であり、私のような人間のよく論じ得るところでないことは熟知しておりますが、私の信じていることを1つだけ述べたいと思います。
或る級での授業の時、小さなことでしたが、1つの注意をしました。次の週の授業の時またその注意を繰り返さなくてはなりませんでした(生徒は途中で気づいて直しましたが)。

私は他の先生には私の言ったことを実行しないのかと尋ねましたら、私に対してだけ実行していないという答えを聞いて失望しました。そのことが実行されていないことにではなく生徒のそういう、物の考え方に失望したのです。私の言ったことの本質にふれて、普遍的に守られるべきことであるかどうかという批判の後に実行する、しないが決定されるのではなくて、言われた人に対しては言われた通りにしよう、言われない者にはする必要はあるまいという考え方が、その為に注意された当人に対してさえ直ちには実行できなかったのではないでしょうか。

それだから各先生方は種々な注意を生徒諸君になされるにも関わらず、生徒諸君はそれを本質的に検討しないで、一種の販社条件のようにさえ見られる仕方で実行しているので、全体としての気風というものは少なくとも他所 にはあまり好ましくないということにあるのではないでしょうか。
以上つまらぬことを述べ、貴重な紙面を費やしましたが、私は生徒諸君と共に学校のよりよい発展のために及ばずながら努力したいと思っています。
生徒諸君も至らざる私の尻を常にたたくことを忘れないでほしいと思います。